2015年10月 1日 (木)

安保法案、本質的議論にならず、捻れたままの日本。

安保関連法案は、数の力を持ってして当然のごとく通過した。国民の大多数が反対であり、不安視しているなかで、国会は自民党も野党も茶番劇を演じたのである。

改めて民主国家とはと考えてしまう。選挙で選ばれた政治家が国を動かしているのだから、仕方ないのかもしれないが、選挙制度も含めて釈然としないと、多くの国民は思っているのではないだろうか。

特に今回問題となったのは集団的自衛権の憲法9条に抵触する違憲論だろう。今迄の我国は集団的自衛権は有していても施行できないということになっていたが、安部内閣は出来ると言い出した。それに対し多くの憲法学者は違憲であると判断している。しろとの私もそう思う。これは、とてつもなく重要な事で為政者の都合で、憲法を勝手に解釈するのは立憲国家の否定である。そこが国民が恐れるところであり、ずるずると戦争に巻き込まれるのではないかと不安視するのである。

断っておくが、私は集団的自衛権の施行を否定しない。ただ今回のやり方(違憲行為)が納得できないのだ。まず、いつだってそうなのだがアメリカの言いなりなのだ。9条は周知のようにアメリカが戦後日本にもたらしたものだが、自衛隊の創設などアメリカの都合で、日本の国防問題は常に歪曲されてきた。

私はの持論は、自国の防衛は先ず自国で守るべきであり、そのうえでの集団的自衛権である。それでこそ独自国家と言えるのだ。当然そのためには憲法を改正しなくてはならない。誤解のないように言っとくが、私は憲法9条は素晴らしいと思っている。世界に誇るべきものだと思うが、現実はというか、人類はまだまだそのレベルではない。戦争の種はつきず、いつ巻き込まれるか予断は許されない。

故に 平和憲法の精神を受け継ぎ、専守防衛に徹しながらの改憲である。そうなれば自衛隊は、堂々と国防軍を名乗ればいい。国を守るのは尊い仕事だから、誇りを持つこともできるだろう。一国の利益のためでは無い、国際的平和秩序も守らなくてはならない。

それには、アメリカからの軍事的独立であり地位協定のような不平等な協定の見直しである。アメリカという国は、建国以来ほとんど戦争をしている国である。是々非々で付き合えなければ、近い将来、我が国も国内テロ事件が起こるだろう。今回それを大変危惧する。

一部のネトウヨが騒ぐように今、中国が攻めて来ることは現実味が無い。そうした不安を煽ったり、それに乗じて強引とも言えるかたちで、アメリカ様の言いなりで事を運ぶ政府が信用出来ないのだ。チラチラと戦争屋(武器商人)の影が見えるのも不気味だ。

今回の騒動も、本質的な防衛問題切り込まず、捻れたままの解釈になってしまったことを残念に思う。これは野党の責任でもある。さいそう国民的な議論が必要である。

立憲主義、独立国家として、そして正しい民主主義を実行する国、日本でありたいと願うは多くの国民の希求するところだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月 1日 (水)

安保法制は国民的改憲議論が先。

最近、安保法制の事で政界が揺れている。と言うより安倍内閣はこれを強引に押し進めようとしている。

集団的自衛権は、ほとんどの憲法学者が違憲だと結論ずけているにもかかわらず、政府は数の力で今月の半ば迄には国会を通そうとしている。

サヨクは市民の反対運動団体と共に「戦争法案」として反対闘争している。新聞などの調査では国民の60パーセント以上は反対していると聞く。賛成はどのくらいいるのだろう?

安部総理は法案が成立したら、後に憲法改正に着手するだろうが、私に言わせればそれはまったく逆で先ずは憲法改正議論が先であるはずだ。この国の軍事的あり方をどうするのか。具体的には憲法9条を改憲するのか、しないのかが先であるはずだ。改憲ならばどの様に改憲するのか、その中での安保法制である。

しろとの私でも憲法9条を読めば明らかに違憲であると思う。自国の自衛を考えるなら、何も集団的自衛権など持ち出さなくても個別的自衛権で十分である。

今、安部総理は何故そこまでして法案を通そうとしているのか?私は、アメリカの思惑が強く働いているとみる。軍事的にたいどうする中国に対して同盟国である日本への共同戦線をよりスムースにする為である。中国の東シナ海への進出は周辺国とトラブルを起こしている、これにアメリカも危機感を感じている。ご存知中東ではイスラム国が過激な闘争を起こしている。世界の警察を自認するアメリカではあるが、経済的にもイッパイいっぱいであろう。そこで世界第3位の経済大国である日本のバックアップがほしいのだ。

反共親米派の安部総理としては、ここはどうしてもアメリカのご機嫌をとっておきたいところだ。
普天間基地の移設にしても、サヨクや住民の意向などどこ吹く風で押し進めようとしている。

言っておくが、私はサヨクの考え方に全面的に支持しているわけではない。中国はこれからの日本にとってますます脅威になって来るだろう。その時、ただただ「平和、平和」と唱えていれば平和でいられるわけではない。
そこには国際政治学的戦略が必要である。アメリカや中国とどのようなスタンスを持って付き合っていくのか。戦後日本が築き上げてきた「平和ブランド」維持しつつ、軍事だけではなく、経済、文化を含め深慮しなくてはならない。それには国民的意識を深める為にも憲法改正論議を先ずするべきである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月 5日 (木)

今、世界から“日本人とは“を問われている。

最近、中東でイスラム国と名乗るイスラム原理主義を標榜する武闘集団に日本人の二人が拉致され、二億ドルというとんでもない額の身代金を要求してきた。断れば直ちに殺害すると恫喝している。それは許し難い行為だ。

しかし、メデアをとおして、それが我々日本人の置かれている複雑に絡み込んだ中東社会のリアルであることを知った。日本人の大半は遠い国の出来事だと思っていたが、この事でいきなり戦いの真っ只中に引きずり出された思いで国中動揺している。

それにしても、何故我々はこの戦いに引きずり込まれなくてはならなくなつたのか?

中東は日本にとって原油というエネルギー確保に欠かせない地域である。それにはこの地域の政治的安定が第一である。その為以前からODAを含め様々な援助をしてきた。

しかし今回の件は、安部総理が中東諸国を訪問し二億ドルの援助をすると申し出た。しかし人道支援とは言え、イスラム国と敵対する国々にである。そこに口実を与えてしまったのである。だから、日本政府は当然、拉致された邦人を救出する責務がある。私としても、無事二人が解放されることを切に願っている。

とはいえ、今後日本はどんなスタンスでこの問題に関わっていくのか気がかりである。宗教的観点から考えるなら、イスラム原理教対西欧キリスト教の武力的戦いに神道、仏教など多宗教国の日本がこれ以上巻き込まれるのは絶対反対である。

しかしながら、何もせず手をこまねいて傍観を決め込むのもどうしたものだろうか?このグローバルな世界で一国平和主義ありえない。中東に平和をもたらすために日本に出来ることは何だろうか。 (1月25日の日記より)

後藤さんも湯川さんもイスラム国に殺害されてしまった。何もできなかった日本政府の無力さを痛切に感じる。政府は今後とも人道支援はつずけると言っている。それには異論はない。ただそれ以上の武力的な支援には一切関わってほしくない。ましては、この機に乗じて武力施行を可能とする法制化には断固反対する。

武力をもってイスラム国を壊滅したところで何の解決にもならない。テロは無くならず、世界に憎悪を撒き散らすだけである。


» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月29日 (月)

年の瀬に思う。

後、2日で正月です。いつも感じるのは、過ぎてしまえば1年はアッという間です。
そう考えると、人の一生はなんて儚いものですね(チョット、飛躍し過ぎか^_^;)


年末に面白いニュースが入って来ました。それは、小沢一郎と山本太郎がタッグを組んで「生活の党と山本太郎とその仲間たち」と言う政党を立ち上げた事です。党名が売れない三流フォークバンドみたいですね。いっそ日本を代表する名前のお二人なので「一郎・太郎」党にしたらどうでしょう。

一部では、政党助成金欲しさの野合だと批判しているが、方向性は同じですよ。政界を知りつくした海千山千の小沢氏と素人丸出しの山本氏、ついでに民社も巻き込んでドン・キホーテよろしく巨大風車(自民党)に突撃して、大いに政界を盛り上げてほしいと思います。

政治と言えば、何だか数年前より日本が右傾化しているように思います。やはり阿部政権の登場が大きいのでしょうか。今まで,「左」に抑え込まれた鬱屈が解放され表に出てきたように思います。それはそれで悪くはないのですが、反知性的なヘイト・スピーチは嫌悪感を感じます。

私のスタンスはやや左のリベラルでしょうか。国を思う気持ちは大切だし、日本の国旗のデザインはとても美しく日本人の心を象徴しているように思います。天皇制を始め、長く深い伝統を誇りに思っています。


だからこそ、他国に対してもその国の誇りを傷つけてはならないと思うのです。普通に考えれば自国を愛するのは当然ですが、先の戦争に敗戦した事によって日本はややこしくなりました。でも、もうそろそろコンプレックスから解放されても良いのではないかというのが、阿部総理の言うところの「戦後レジーム」からの脱却でしょう。

そこで大切な事があります。「戦後レジューム」からの脱却。それはそれで良しとしますが、為政者(権力者)たちは、その国民感情を自分の都合の良い方向へと誘導しかねないのです。自分達に都合の悪い情報を封圧したり、いつの間にか民衆を抑圧するような法律を定制したり。。。近頃、きな臭い匂いが漂いはじめているのが気になります。


さて、もうすぐ215年です。今後とも日本国が平和で、人々の心が豊かで幸せであることを祈ります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月21日 (水)

集団的自衛権は憲法9条に反する。

前回のブログで、といっても半年以上前の事だが、最近にわかに加速している集団的自衛権について私なりの考えをまとめておきたい。
新聞などのアンケートによると70パーセント以上の国民が賛成していると聞くと、チョット驚きだがその60%が限定的にと言っている。つまり、10%ぐらいが全面賛成で残りは不安を持つての賛成でと反対なのだ。
この結果は、中国の尖閣諸島への圧力や北朝鮮問題に対して同盟国であるアメリカとタッグを組まなければ乗り切れないと感じているからだろう。それはそうだろ。近年軍事力を増強し世界第二位の軍事国家である中国と事を構えるには日本一国では、勝ち目がないと考えるのが普通だろう。アメリカもまたこのところ軍事費出費で国の経済が疲弊しているのでそうなったら日本の助けがほしいと思う。
しかし、問題はそこである。今一度集団的自衛権の本質は第三者の戦争に介入することなのだ。つまりアメリカの起こす戦争に介入する道を開くことなのだ。それを日本の総理が決定権もつという法律だ。そうなれば自衛隊は戦争に行かなければならないし、当然日本も攻撃対象となる。私は、これでは戦争放棄を謳う憲法9条の拡大解釈で法律をなし崩しにしていると考える。たとえ、安部総理が邦人が護送されているアメリカの船が襲われれても何もできないというが、個部的自衛権または警察権で対処できるはずだ。
ご存知だと思うが、アメリカは戦後、自ら世界の警察を自認し絶え間なく戦争を起こしている国なのだ。そんな国と限定的などと言っている日本が、通るわけがない。仮に誤って好戦的な総理を選んでしまったら日本未来はないと思う。そんな危険な法律をたかが数十人の議員が決めて良いものだろうか?
かと言って現実的な事を考えれば、日本一国で国を守ることができるのかと言えば危うい。
そこで私の考えだが、多国籍同盟国軍を日本が先導して創設することだ。例えば南シナ海で中国と問題を起こしているフィリピンやベトナム、その他のアジアの国々と連携して軍隊を作り互いの平和を守るアジア版警察同盟である。これなら9条に触れないだろう。
国は無理な法律拡大解釈をせず、平和を守る道があるはずだ。法律を変えたければ姑息な真似をせず正々堂々と憲法改正をする意義を唱え、国民の3ぶんの2の賛成を得なくてはならないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月 1日 (火)

第5回「アートルネッサンスIN浜松」始まる

 今年は10月4・5・6日(浜松城公園展示は9月29~6日)と短期間ではあるが、参加アーティスト147名、展示空間55ヶ所、企画イベントとして「アートバトル」や鴨江別館から木下惠介記念館へ映像投影など、その他「赤い笹船」、「ハコをカブって摩訶不思議!」などのかずかずのワークショップ。万年橋パークビルでは浜松ゆかりの作家による「鉄人フェスティバル」等々盛り沢山のイベントが開催される。特筆されるのはスイスのパウルクレー美術館学芸員で現代美術作家のドミニク ヴィルト氏の田町中央ギャラリーでの個展(ギャラリートーク有り)などがある。 私も三日間ですべてを見きれないはどのボユームになっている。なので、見たい人はパンフレットがわりのチラシを片手に興味あるものをチョイスして行くなり,参加してほしい。  規模は年々拡大している。実行委員会参加メンバーも増えている。文化庁の支援も受け充実度もましているように思う。だからといって満足しているわけではない。こうした美術イベントは各地に広がりを見せている、そのことじたいは大変良いことだと思う。しかし、他はどうであれ浜松市のアートルネッサンスはどうあるべきか?いまだ、暗中模索状態だ。地域の文化、歴史、風土、そして現状、それら要素を加味しながらどう地域性を発揮しながら、市民の賛同が得ることのできる文化イベントして定着できるのか。問題は多いと思っている。  ともあれ、この三日間大いに楽しみ、秋空の下、心を耕してほしい。ちなみに私は、ユリノキ通りのカギヤビルF1で、伊藤みどり氏、千葉宜世氏と三人展を催します。御高覧宜しくです!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 4日 (水)

夏の終わりに思う、三、四の事。

 
 今年はホント暑かったですね。今まで生きてきて記憶にないほどです。冷房嫌いの私でさえ連日連夜クーラーを使っていましたから。

 ところで、最近気になるニュースですが、所謂ネットを使ったおふざけです。コンビニのアイスボックスなかに横臥した画像は有名ですが、その後もその手のものが後を絶たないですね。昨日もバスの後部にブル下がるようにしていた男の画像が流されていましたが(意図的にか偶然はわかりませんが)
 いつの時代でもクラスに一人や二人そんな奴はいました。私もそんな一人かもしれませんが、ほとんど罪もないものでした。
 今もこの手の人達は罪意識などないでしょう。だから次々とおこっているのでしょう。仲間内の武勇伝、または私はこんなに面白い的な単細胞意識でしょう。

 ただ問題は、あなたが流している画像はネットによって世界中に流れるのですよ、が抜け落ち、そのことによって大きく社会的損失を被る会社、組織がある、というところに想像力が及ばないのが致命的なのです。それだけではなく社会的モラルも問われるでしょう。

 怖いのはこうした思考というものさせない、または奪っていくシステマティックな社会、指一本で世界とつながっていく事の怖さをもっと自覚すべきだと思うのです。でないと、おふざけが国内にとどまらない問題に発展しかねません。
 

 次に気になるのは原発事故による汚染水漏えい問題です。政府はやっと腰を上げ、地下水を氷で固めて流入を防ぐとかいっていますが、何百億円の税金を使ってやろうとしていますが成功するのかは未知数です。他にも汚染水を浄化するシステムを作るそうですが、それも成功するかどうかわかりません。

既にタンクから漏れた汚染水は、人が4時間もあたれば致死するそうです。この事態は大変なことなのですが、すでに海外のメディアはそのことを大きくあつかっていたのに、大元の日本は後手後手の東電の情報を流すだけでした。
 
 これからですよ。本当に怖い放射能問題は。なにせ広範囲にわたり空気と水(海)を汚してしまったのだから。それからいまだ25万人の方が故郷に帰れなく苦労されている現実。なのにまだ原発は必要だと言っている政府、役人、経済界。よっぽどおいしいのでしょうね原発は。

 さて最後に憲法改正問題です。私の立場としては憲法改正してもよい。だだし、戦争のできる国にしてほしくないです。自衛権については当然ですが、他国を攻撃してはならないのです。そこででてくるのが集団的自衛権のことです。

 誰かが分かりやすい例えで、友達があなたを守るために喧嘩しているのに助けないのか、行けるようにするのが集団的自衛権です。とか言っていたが、分かりやすいがそこには大変な過ちがあります。同盟国を友達にするのはどうかと思う。だいたい国と国の関係は、友達のような情緒的なものではなく、国益重視であり、パワーバランスであるから、例えにならないのだが、結構納得してしまう人もいるでしょう。これまでも適当に解釈してケースバイケースでやってきたので、今さら憲法をいじる必要はないと思うのです。先日、引退宣言された宮崎駿さんも似たようなことを言っていたようです。

 私は、アメリカといしょに戦争のできる国にするのは絶対反対です。日本は、アメリカと思想、立場がちがいます。そして自国は自国で守る気概を持たねばとも考えています。

  外では夏の終わりを告げるオーシンツクツクが鳴いています。これから夏の疲れがでてきます。皆様お身体をご自愛くださいね。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月19日 (月)

第5回アートルネッサンスin浜松 始動!

  アートルネッサンスの公式ホームページができました。こちらですart-renaisance-in-hamamatu.jimdo.com/   アクセスしてみてください。そして御意見がありましたらよろしくお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月25日 (木)

大局的な視点こそ大切

  先日(7・21)参議院選があり、前日まで私は選挙に行こうとしていた。しかし、はたと気が付いたことがあり、結局、棄権してしまった。投票したい政党なり、人物がいなかったのだ。マスコミの選挙行こうキャンペーンや、一般の大人の常識として選挙には行くべきだと何となく考えていた自分がいた。  私の選択は正しかったと思う。棄権する選択肢も国民の意思の表れであると考える。それは、政治家や政治に対する不信表明である。現に今回の投票率の低さにそれが表れているのではないか。  大方の予想どおり自民党圧勝である。「捻じれ、捻じれ」と安部総理が呪文のようにとなえれば、何だか捻じれはいけないことのように思えてくるのが不思議だ。じゃぁ、なんのための参議院だということになる。経済を立て直すアベノミクスだ、という幻想に踊らされて、もっと大事な事を忘れて投票していいる国民。かつて経済は一流(すでに一流ではないが)政治は三流といわれていたが、相も変わらず三流です。  この国の政治を嘆いているのではない。そうした政治を成り立たせている国民の政治意識が三流なのだ。  経済、確かにそれも大切だろう。だが、既に日本は、充分な豊かさを手に入れているではないか。それより原発による様々な被害、被爆の現状と対応。はたまた憲法改正問題。この国を戦争のできる国にしてよいのだろうか?  それにしてもマスコミの劣化はひどい。権力とスポンサーには平身低頭。当然といえば当然だが、有能なジャーナリストはTVから干され、反権力的な言動をする人間は、スルー、又はバッシング(山本太郎さんが心配です) 我々は何を信じどうするべきかの指針を失って、ただただその時の時流に踊らされている。  今の時代、日本国としてどうあるべきか?将来、日本はどんな国にしたいのか?という大局的な視点こそ大切であると思う今日この頃です。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2013年7月 2日 (火)

つれずれなるままに

久しぶり。つれずれなるままに文をしたためてみましょう。 iPadminiを買いました。この文章もそれでやっています。なんだか生活が少し変わってきたような気がします。今風に云えばモバイル生活ですか。いつも持ち歩いています。別に大した用もないのですが、jazzが好きなので、車の中で流しています。もちろん、家の中でもです。 時々、電子書籍などもベッドの上で読んだりもしています。喫茶店で、珈琲など飲みながらメールやラインなどもします。面倒臭かったSNSも再開し、ツッイターも始めました。でも・・・やっぱり面倒臭い^_^ どうですか? 今流行りの モバイル生活でしょ。。。なのに何か不安なのです。何かが欠落しているような。 とても便利です。欲しい物はネットですぐ買えてしまうし、行きたいところはナビゲーターしてくれるし、知りたい情報や知識は検索エンジンですぐ知るこたができる。でも何かが足らないのは、多分手に入れるまでのプロセスがないからでしょうか? 生きていることは、時に結果を得ることよりそのプロセスの方がより重要なこともあると思うのですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月18日 (月)

個展のお知らせです。

 久しぶりのブログ、久しぶりの個展です。“FLOATING WHITE”シリーズから3年ぶりかな。

愛知県豊橋市のアートエイジギャラリーで、4月15日(月)~29日(月)、時間は10時より6時まで(最終日は5時)無休です。

今度のタイトルは“WHITE FIELD”です。なんかホワイトに拘っているようですが・・・今回はかなり拘っています。

日本の絵画を考えていくと、ホワイトはかなり重要な意味を持っています。日本人の美意識に欠かせない白という”色” 西洋では白や黒はカラーではありませんが、日本人は白色です。

祝い事の紅白や葬儀の白黒、日本の国旗等など白は、日本人の“線”と同じようにDNAに沁みこんでいる感覚だと思うのです。

「余白」と言う言葉がありますが、それは決して余っている白ではなく、「間」にも通底するようなフィールドなのです。その余白を色面と等価としてとらえ、絵画を試みました。

よかったら、いらっしゃってください。私は日曜、祭日はいると思います。

尚、今月の21-24日は「第35回日本美術の輸出展2013 IN NEW YORK」に30号ほどの作品を出品しています。ニューヨークはちょっと行けませんね(笑)

004_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月 7日 (月)

久能山東照宮へ行ってきた。

昨日(1月6日) 久能山東照宮へ行ってきた。何処か御参りに行きたいと思っていて、突然、久能山東照宮が浮かんできた。というのは以前、TVで東照宮の社殿を何年かぶりで塗り替え、極彩色が大変美しいというニュースかドキュメンタリーを見たのを思いだしたからだ。

決して信心深いほうではないが、天気にも恵まれたせいか御参りは気持ちのいいものだった。

私は、日本の神社仏閣は侘び寂びのある渋いものがいいと何故か思っていたのだが、極彩色の煌びやかな神殿もいいものだなと東照宮を見て思った。タイのお寺なども金色を使った極彩色だけれど、やはり東照宮の色彩は、日本の美意識を感じさせるもので宗達の大和絵を思わせ、かっこいいなと感じ入った。

ところで、本殿までいく石段があり相当急坂で、1159段ありいっきには到底登れない。途中で休みながら呼吸を整え、登ったが、果たして10年後はこのような石段を登れるだろうかと思い、普段から身体を鍛えなければいけないなと内心思った(笑)ちなみに、1156段はいちいちご苦労さんというらしい。

Img_20130106_194043

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年12月25日 (火)

第3回ハママツ・ライト・オブジェ・コンテスト

121221_152305 私が審査委員長を務めるハママツ・ライトオブジェ・コンテストも3年目だ。昨年は東大震災の影響もあり、そういったテーマのものが多かったが、今年は姿を消し、代りに家康くん(浜松市のゆるキャラ)をモチーフにしたものが散見したがが、私としては余り評価できない。あくまでもオリジナリティを重要視したい。

今回もっとも注目したのは、静文芸大の学生が制作した「NIBIRU]というタイヤの廃材をを使った作品だ。大賞をあげたかったが、このコンテストはあくまでもライトオブジェ・コンテストなので、昼間いくら存在感があってもむしろ夜間にインパクトがほしかったのだが、その点が弱かった。しかし、静岡新聞社賞に入賞したのでよかったかな。そのてん、「冬の桜~花の舞」はライトオブジェ・コンテストにふさわしく夜間の光が圧倒的に美しかった。まだまだ1月の13日(日)までやっているので、見ていない人は是非行ってほしい。

121221_151541

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年12月19日 (水)

いつ治るのか分らない左肩と日本の政治。

この年末にきて体調が最悪である。というのも、1年ほど前にやっと右肩の五十肩が治ったのに、今年の10月に今度は律儀に左肩の五十肩を発症した。

命取りにはならないとはいえ、この辛さは経験者でないとわからない。とくに夜間痛といわれる夜中、または朝方の痛みは強烈で、眠っていても痛みでたたき起こされる。したがってまともに睡眠がとれなくなり、睡眠不足のため疲れが取れず日中は何もできなくなってしまう。

それだけではなく、とにかく肩から背中、腕が痛み重く、少しでも腕の稼動域を超えると激痛が走る。精神的にもヘトヘトになってしまうのだ。

治すてだてはない。ただ治るのを待つだけである。右肩で経験しているので言えるのだ。私の左肩の今の状態は、インナーマッスルや腱が炎症を起こしているようだ。その炎症がいつ消えるのか・・・それまでは冷やしたり、暖めたり、揉んだり、ストレッチしたりして今の状態より悪くならないよう気を付けなければならない。

今の状態といえば、病んでいる私の身体と同じように、日本の政治も病んでいる。自民党が圧勝だって?笑わせないでほしい。自民党への投票率は前回の選挙より下回っているのだ。民主党のオウンゴールで勝たせてもらっているわけだ。そして前回民主党に入れた票は乱立する新政党に流れたわけだ。小選挙区制の魔力ともいえる。それにしても、脱原発や卒原発がうやむやになりそうで危うい。議員の定数削減も、違憲である一票の格差も何処へいったのやらである。

この選挙結果は、国民はとうざの安定を求めたと言うところか。安部総裁は、右巻きの爪を隠して暫らくは(次の参議院選までは)経済復興を旗印に、突っ走ると思うが誰もその結果はわからない。私の左肩がいつ治るか分らないように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月27日 (火)

滋賀県知事、嘉田由紀子氏が顔。

前回のブログで、小沢一郎グループに選挙の顔がないので、冗談半分で細野剛志を引き抜いて顔にしたらどうかと書いたが、見事に外れた。そりゃそうだな、あざと過ぎるもんな(笑)

というわけ、でどうやら滋賀県知事の嘉田由紀子氏がこのグループの顔になりそうだ。オザワンは得意の潜水艦で深く潜行し、「脱原発」でまとめあげようということだろう。異議なしです。

みどりの風の党などもあり、あとは女性パワーが炸裂するかどうか、ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月20日 (火)

選挙に魅力ある人物がいない。

第3極とマスコミは騒ぐが、私にすれば、第1も第2もなく、自民党と現在の民主党は消費増税、官僚制度の改革先送り、財界重視の政策と、ほとんど変わらない既成政党グループである。それに対して、異を唱える新興勢力が、小規模ながら多数輩出してきたのだ。

維新の会と太陽の党はほとんど政策は異なるにもかかわらず”野合”したのは、この国の制度を改革しよう、官僚主義を打開していくとゆうことらしい。確かに硬直化したこの国の制度を改革していくことは大切だが、傲慢不遜弱者切捨て自我肥大の右巻きの二人に、この国の舵取りは任せたくないと思うのだ。

一方、既成政党とは政策が明らかに異なるグループがある。消費増税反対、TTP不参加、脱原発のグループである。小沢一郎の国民生活党や大地の党、緑の風etcだ。多分これらの党は、選挙後に淘汰合併されてひとつの勢力を形成していくだろう。私はこのグループにシンパシーを感じるが、残念なことに顔になる魅力のある人物がいないということだ。

半分冗談唐突だが、細野剛志あたりを小沢氏が民主党から引き抜いて選挙の顔にしたらどうかと思うのは私だけかな(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月16日 (金)

やっとなのか、突然なのか衆議院解散選挙。

やっと解散なのか、突然解散なのか、よく解らない衆議院解散総選挙である。いずれにしても国民不在、置いてきぼり感はいなめない。

私としては、この次期に政治空白を作り、震災のことも中途半端で多額の税金を使い選挙をすることに違和感をおぼえる。自民党に尻をたたかれ、民主党の内部崩壊も進み、せめて党首討論で逆攻勢をかけるため解散に打って出たのだろうと思われる。

既成政党がだめなら、第三極だとマスコミはあおり、石原元都知事やら橋本大阪市長を盛んにとりあげるが、なんだか腰が据わっていないワイドショウをみているようだ。

政治家があたふたしている様子を見ているのはなんだか悲しい気分だし、アホらしくもなる。

ほんとに、信頼にたるこの国の未来を描ける政治家はいないのだろうか?しばらくは離合衆参を繰り返すだろう。パーシャル連合をしながら、そしてまた二大政党に落ち着くのか・・・

誰かがブログで語っていたけれど、壊れるならとことん壊れた方がこの国のためだと言っていた、その通りかもしれないと思う今日この頃だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月23日 (火)

第4回 HAMAビエンナーレ展 今日から開催!

 今日(10月23日~28日)からHAMAビエンナーレ展が浜松市のクリエート浜松で開催されています。この展覧会は、私の教え子(主に社会人科)が自立し、作家活動している者によって、二年に一度互いの作品の批評、発表の「場」として設けられたものです。

硬い表現になってしまったけど、かつて同じ学び舎で勉強した者が先生といっしょに展覧会をしましょうということである。ちょっと同窓会的だが、そこは馴れ合いを避けるべく外部から力量のある作家を招待して、あくまでも日頃切磋琢磨した作品の発表の機会としてあります。是非、ご高覧ください。

それにしても4回目ということは8年も経ってしまったということで・・・時の流れがはやすぎる!!

Img013

   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月16日 (火)

浜岡原発賛否条例否決に思うこと。

浜岡原発の再稼動の住民賛否条例案は、門前払い的に自民党の議員の連中に否決されてしまった。最初からある程度は予測していたけれど、知事さんがもう少し粘ってくれるとおもっていたが・・・まぁ議会を混乱させたくはなかっただろうね。

それにしてもこの重要な問題を、なにも議論せず16万余りの民意も反故にする政治家とはいったい何者だろうと思う。真面目に仕事していない税金泥棒以下じゃあないのか?

事の賛否を問う条例というのは、直接的な民主主義で、我が国の間接的民主主義ではないので、通常からいえばノーではあるが、こと、住んでいる住民の生活、いや生命に係わる問題なら、住民投票はあってもいいのではないのか。

以前も、静岡県で住民投票をやろうとした問題があった。それは静岡空港の建設であったが、反対する県民が多く、そのときは知事と議会が賛否投票をやるようなことを言ったが、ポーズで終わったことがあった。つまり、強引に空港はできてしまった。地方空港はのきなみ赤字経営というのに・・・その後の空港経営のあがきをみればわかる。

話を戻そう。私は住民投票条例は、政治家にとってうざいことだと思う(事の重要性にかかわらず)ましては、国は、こんなことがあり、原子力行政にだまされ、不安を感じている民意を無視し、まだ原発を国策としょうとしている。経済、利権を優先している政治屋どもだ。

むしろ条例賛否案ではなく、16万、17万それ以上の浜岡原発廃炉署名を集めて、県や国に叩きつけた方が効果的ではないかと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月 3日 (水)

金子哲雄氏の「死」に想うこと。

昨日は、ショックなことがあった。流通ジャーナリストの金子哲雄氏の突然の死である。正確には突然ではなく、すでに半年以前から肺カルチノイド(癌似たような病)に侵されていたが、周囲には内緒にしていたので、気付かなかったようだ。激痩せしたときも、ダイエットに成功したようなことを言っていた。

私は、べつに彼のファンでもないし関心があるわけでもないが、41歳と言う若さ、あの明るく、やや胡散臭いキャラから「死」を想像できないのだ。その彼が、突然と言うかたちで死にいたったからだ。今更ながら人生何が起こるかわからない。私を含め、友人、知人たちがそろそろそんな年齢になっていると自覚せざるを得ない。人は儚いものである・・・だからこそ命は大切であるという当たり前のことを再確認したしだいです。

                                                    合掌

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«アートルネッサンス始まる!!